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【アラベスク】  第10章 カラクリ迷路



第2節 土曜日のギャンブル [9]




 聡は怒りにも似た感情を(たぎ)らせ、だが無言のまま、ぶっきらぼうに瑠駆真を突き飛ばした。ヨロけながらも瑠駆真は手早く制服を整える。
 瑠駆真から手を離し、だが言葉もなく緩を見下ろす聡。どうなるのかと事の展開に不安げな表情を浮かべる緩。
「コイツがすべての元凶だ」
「原因よりも、今は美鶴の謹慎を解除する方が優先だ」
「ずいぶんとエラそうな態度だな。相変わらずのわかったような口ぶりで腹が立つ」
 両手をポケットに入れ、すっかり不機嫌な態度で聡は顎をあげた。
「お言葉を返すようだが、何もせずに手を(こまね)いている輩に非難される筋合いはない」
「手を拱いている? それはまさか、僕の事を言っているのか?」
「他に誰がいる? それとも何だ? お前はもっとすごい良策を披露してくれるって言うのか?」
 挑発するような聡の口ぶりに、瑠駆真が珍しく笑顔で応じる。
「あぁ もちろんだ」
 その、挑戦的とも思える瑠駆真の笑顔に、聡は瞳を凄ませる。
「おもしれぇ、聞かせてもらおうじゃねぇか」
 二人を見上げてゴクリと生唾を飲み込む緩。だが―――
「それは企業秘密でね」
 瞬間、聡の双眸が見開かれる。一気に沸騰する感情そのままに両肩をあげた。
「おめぇーっ!」
 今にも飛び掛りそうな聡に、瑠駆真はスッと右手の掌を突き出した。
「喚くな。見つかると面倒だ」
 同じような言葉を、先ほど聡は緩へ向かって吐いた。よもや同じ台詞を瑠駆真から浴びせられようとは。
 屈辱に歯をギリギリと噛み締める聡と対峙したまま、瑠駆真はゆっくりと言葉を選ぶように口を開く。
「別に君を怒らせようとは思っていないさ。僕の策が失敗したアカツキには、思う存分笑えばいい」
 その言葉に、聡はギンと相手を睨みつける。そうして
「あぁ そうさせてもらうぜ」
 そんな台詞を吐き、背中を丸める緩をも睨みつける。そうして、だがその先に吐く言葉は見つからない。
 押し黙ったまま身を縮こまらせる緩。無言で自分を見返す瑠駆真。二人の姿にどう対処してよいのかわからず、聡は中途半端な感情を持て余すだけ。
 気まずく漂う無言の世界。その居心地の悪さに聡はイライラと視線を動かし、ついには短く悪態をつき、大股でその場を去って行った。
 思う存分笑えばいい。だがこれで、失敗は許されないな。
 聡の姿が消えた方角を見つめ、瑠駆真は軽く唾を飲む。その姿に、小さな声が呟いた。
「あ、ありがとうございます」
 見ると、少女がぎこちなく頭を下げていた。頭を下げながら、視線は上目使い。こちらの様子を伺うようなその態度に、瑠駆真は冷たく嘆息した。
「別に、君に礼を言われるような事はしていない」
「でもこれで、義兄にバラされる心配はなくなりました」
 まだ多少の不安はあるが、とりあえず聡が緩の秘密を校内に広める確率はかなり下がったと考えて良いだろう。
「本当に、助かりました」
 その言葉に瑠駆真は眉を潜める。
「別に助けた覚えもない」
 そのような言い方をされると、気分が悪い。
「僕はただ、人を脅すような行動は好かないだけだ」
 そう言って、身体を捻って緩と向かい合う。
「君が美鶴を陥れたという事実には変わりない。僕にとって、君が不快な存在であるという事実にも、変わりはない」
 対立する立場だ言われ、緩は居心地悪そうに視線をそらす。
「廿楽華恩のために動く君の存在など目障りだ」
 目障りだと言われ、仕方なく立ち去ろうとして、だが緩は足を止めた。
「あなたは、何をしようとしているのですか?」
「何の事だ?」
「何かを、しようとしていますよね?」
 だがその質問に、瑠駆真は冷徹に答える。
「君には関係ない」
 食い下がっても教えてはくれないだろう。緩はあっさりと諦め、最後に未練たらしく念を押す。
「あの、ゲームの事、バラさないでくれますか?」
「…… 僕はバラさない」
 その言葉に緩はいくぶん安堵の表情を浮かべ、その後は何も言わずにその場を去った。
 そうだ、別に助けたわけではない。
 一人残された瑠駆真。冷たい風が脇を抜ける。朝は晴れていたのに、いつの間にか曇り始めている。台風が近づいていると数日前の天気予報が知らせてくれたが、被害が予想されるのは沖縄の辺りだ。進路も、本州からはかなり反れる見込み。
 このまま曇り続けてやがて雨が降ったとしても、大した事ではないだろう。
 見上げる空を、瑠駆真はグッと睨みつける。

「気味が悪いって言ってるんだ。部屋で一人遊びだなんてよ、気持ち悪いじゃねぇか」

 別に助けたわけではない。ただ、まるで自分が貶されているかのようで、我慢ならなかった。学校に馴染めず友達もいなかった昔の自分を貶され、咎められているかのようで嫌だった。







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